手足がもがれる感覚

最近乗り換えたもの

ただ、これらにかなり不満がある。

情報には上流がある。情報の上流は、一次情報が乱雑に転がってる未整備の荒野みたいなもので、下流はその二次情報やまとめみたいなもの。キャズム理論でいうと、一次情報に接する人がイノベーター、イノベーターを観測する人がアーリーアダプター、イノベーターまたはアーリーアダプターによる編集物を閲覧する人がマジョリティという分類になると思う。

自分が思う近年のインターネットの問題は、一次情報を整理していたイノベーターやアーリーアダプターに対するサービスが本格的に終わってきたこと。

最初に挙げた3つのサービスは、どれもサービス終了やサポート終了などの必要に駆られて乗り換えたものではあるが、体験自体はかなり悪化している。最初は慣れの問題かと思ったが、やはりそうでもない。

Tweetdeck のUIは一見 Twitterジャンキー向けのような見た目だが、実際には大量のデータを捌くことが想定されておらず、高速なタイムラインの読み込みに難がある。一ツイートあたりの専有面積が大きく、また長時間起動しているとメモリリークして使い物にならない。XULAPIによってブラウザに対する完全なコントロール得られたFirefoxの拡張Vimperatorは、セキュリティサンドボックスの理由で機能しなくなった。Livedor Reader, というか RSSリーダーは退潮トレンドで、FacebookTwitterのようなソーシャルメディアのレコメンデーション、パーソナライゼーションによって代替されようとしている。

要は、生のデータを大量にさばいて、そこから価値ある情報を見つけ出す作業が個々人に求められなくなってきた。そのかわり、サービス側が提供するレコメンデーションを使え、ということになっている。設計側の気持ちもわかる。広告を差し込んだり、より多くのアクティビティを取得するには、API経由だと満足ではない。既に流行ってしまってレートマジョリティにリーチしているTwitterのようなサービスは、施策の効果を最大化するのにアーリーアダプターにリーチする動機がない。

流行りのグロースハックは、明言されていないが結果として反 Open API を促している。ただし、サービス側でそれらの設計がうまくいっているサービスは少ない。というかそれに十分なデータを得て機能するだけのステージに達しているサービスが少ない。

結果として、イノベーター、アーリーアダプターは自分に合わせたカスタマイズが出来ず、またレートマジョリティ向けの、もっというとモバイルユーザー向けの低密度な情報摂取UIを強要され、情報の出口の、最初の一歩が機能不全になるのではないか、というか既になっているのではないか。

ソーシャルメディア優位の今、発信側にとっては、富めるものはさらに富み、貧しいものは勝負のステージに乗るための最初の一歩が、より厳しくなっている。バズにのるための最初の一歩は、発信力があるメディアへいかにリーチできるかが勝負になってしまった。質はその後で求められるもの。

そういった中で、自分で発見することをやめさせられ、サービス側に与えられる情報だけを摂取しろと言われ、能動的な情報ジャンキー向けのサービスやアプリが次々と停止していくのは、自分にとって「手足がもがれる感覚」がある。