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ブログで何を書くべきか

あるいは、何を書かざるべきか。

自分の中でブログを書く基準は二つある。

  • Twitterであらぶって気づいたら140字超えてた場合
  • 酒飲むなどして意識が高まった時に本音が出てあれはこーだろーとうんうんと同意がとれた場合

最近は肩の力抜いて書こうとしていて、無闇にホッテントリ狙わずに下手なレトリック使って読者を歓待したりもせず、脱力して書こうとしてる。ひとでくんのブログに影響されたのが大きいけど、僕はあんなに綺麗な澄んだテキストが書けない。素直な技術記事以外は、濁りきった汚泥みたいなテキストになる。

ただ、こういう言い方はあれだけど、はてブ砲の為の、二段階ロケットの一段階目としての程度の固定読者がついたブログなので、何をどれぐらい書けば何時に何ブクマぐらい行くか、だいたいわかる。そうなると分かった瞬間、それ用に書きなおす。指標としてそれなりにブクマこだわってるけど、別にはてな民だけに書いてるつもりはなくて、強いて言えば、友人や同世代に向けて書いてる。

俺はこう思っている、お前はどうだ。お前の中の俺に賛同する部分は、これのdisコメに対してどう思っている?っていう投げかけをしているつもりで、できればその気持ちをブログやTwitterに書いてほしいとも思っている。そしてエゴサーチ魔だから自分は全部読んでる。

この前のは、いつもより可燃性だし500ブクマかな、と書く前に思ったら、だいたいそれぐらいだった。ああいう記事はナマモノなので、基本的に一段落したらもう伸びない。

技術ブログのくせに全体的にdis気味、炎上気味なのは、僕の原体験が、幼少期から実家の方の新興宗教っぽい環境で「お前らは間違ってる!」って大人に喧嘩ふっかけてきたからだと思う。気質の問題。そういう環境で心根が素直な人間になるの無理。それが25歳にもなって治らないのはある種の病気だとは思うが… 思想もなくdisもなくキレイ事だけが流れていくような、毒味がないライフハッカーみたいな記事が好きではない。

過激な意見をいうのは、潜在的な意見を「掘り起こす」のが大事だと思っていて、そのためにわざと発破をかけて過激に演出をすることはある。そこまで本気で思ってもいないことを混ぜていたりもする。読み手を揺さぶる為の過激な形容詞を拾ってきたりもする。その目的は、当たり障りのない記事で無言コメントがあふれるより、僕がみたい反応を引きだすためなので、別に悪いとも思っていない。

こういうことやるたびに、自虐で炎上とはいうけど、狙ってやってるので、リアクションもわりと想定の範囲内だし、今のところは、ある程度コントロールもできてる。退職時の記事はちょっとコントロールを逸した感はあったが、基本的には賛否が3:1ぐらいになるように書いてる。賛意だけの反応とか気持ち悪いけど、まあ承認欲求欲しいマンなのは否定しないので、もらえるものはもらうが。

僕自身、書いたあとは燃え尽きてしまって、へぇこいつ意識高いなーて鼻ほじりながら自分の記事読み直してるんだけど、書いたあとの一日は鼻くそほじりながらエゴサーチしてて、はてブのコメントはもちろん、基本的にTwitterにはられた感想や、Facebookのコメントを読んでる。ネガコメはたまに心が痛くなるけど、頑張って無視する。 でもブログのコメント欄は読んでない。ブログのコメント欄とか時代遅れだと思う。返信圧力が高すぎる。

結局僕は「正しく整形された自分の意見」には他の人にそれと同じ程度の価値があると思っているし、共有したい。そのリアクションがほしい。 みんながみんな長文書けるわけではないけど、僕は書くので、出来る人は是非調整された炎上をしてほしいと思う。

この記事はホッテントリいかない想定です。