人生のステ振りについて考えてみた

あるスキルのステータス = 効率 * 時間 * 才能

僕がふざけてTwitterでよくいってることに「学習コストの高さは学習でカバーしろ!」という言葉がある。ある日、風呂場で思いついた言葉だ。
ふざけてはいるがまったくもって僕の本心であって、そもそも時間をかけようとしない奴は何もできない。それはある程度インターネットをウォッチされてる皆様にとっても自明だろう。

たとえば、僕が知ってる東大の連中で面白かったりするのは、才能が漲ってて、その一端として勉強して東大に入ったが、それ以外のものにステ振りできてる奴。漲りすぎた才能は良い感じに暴走する。というかソーシャルメディアで目立つ東大生はだいたいこじらせてるやつだ。

スポーツは才能に依存する部分が大きい。さらに言えば、勝ち癖、負け癖がつきやすいのでモチベーションにも差がつきやすい。僕は5月生まれなので子供の頃は強く勝ち癖がついてた記憶がある。

ライフハックな方々は効率の部分を最適化しようとして時間をかけようとしないから嫌いだ。意識だけが高い連中も同様。

望まずともできるようになった例

僕が本を読むのが早かったのは、クリスチャンの家庭で子供の頃から毎日小難しい文体の聖書を読まされていたからだ。今はまったく信仰心なぞないが、読書に抵抗がなくなったのはあのおかげだと思うと歯がゆい。

さらにいうと、中高と通学時間が長かったので、暇だった。常にカバンに文庫本が入っていないと落ち着かなくなってしまった。

才能がない例

僕は高校生~大学の最初までの頃ギターをやっていたが、まるで上手くならなかったように思う。
理屈っぽかったので音楽理論をまず覚えた。が、一向にかっこいい曲を作れるようにはならなかった。

素養があった例

僕はプログラミングを効率よく勉強できたとは言えない。が、最初はとにかく時間をかけてみた。
ある時点で視界がひらけてきて、どんどん楽しなってきた。
なにより僕自身がプログラミングにいくら時間を割いても苦しくない、ということを発見した。
そこからはプログラミングに時間を振り込んでみた。それが大学2年から3年のときだ。

実際に儲かるかどうかは別の話

儲かりやすさ = (効率 * 時間 * 才能) * そのスキルの社会的適正

残念なことに、社会的適正が低いものを総称してホビーというのだろう。
儲からない趣味を仕事にするのは、生活が成り立つのに求められる要求レベルが高すぎて、ごく一人握りの人しか達成し得ない。

何が言いたかったって言うと

プログラミングは楽しみを見出した人間にとっては本当に都合がいい。
ゲーム会社に就職してそう強く感じた次第。


参考

コミュニケーション能力の高い奴は仕事が出来ない:島国大和のド畜生 http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-1898.html

体育会系のクズがやさしい社会を殺してる気がする http://anond.hatelabo.jp/20120708012040